土壌を化学的に見る ーその1・イオンの交換とCEC―

土と肥料

せっかく肥料を入れたのに雨続き・・・もう一度肥料を振った方がいいかしら・・・?

わかば先生
わかば先生

肥料は一度土壌に吸着されるからね。雨で全てが流れる訳ではないんだ。今回は肥料が土壌に吸着される仕組みを学んでいこう。

土壌に肥料分を保持する機能があることを証明した実験

わかば先生
わかば先生

土壌に肥料分を保持する機能があることを証明した有名な実験を紹介するよ。まず最初に1850年のイギリスのトンプソン・スペンスの実験だ。

これは1850年にイギリスのトンプソンらによって発表された論文に記載された実験の内容です。簡単に説明すると、肥料分である硫酸アンモニウムを混ぜた土(これは私たちが農業生産を行う際に土に肥料を入れた状態と思ってください)に水を通過させると、元の硫酸アンモニウムでなく硫酸カルシウムに置き換わって出てきたことを示しています。つまり、植物にとって重要な肥料分となるアンモニウム(窒素肥料分)が土壌内に保持され、代わりにカルシウムに置き換わった、ということです。これは世界で初めて土壌の養分吸収機能を報告した論文として有名です。

次にトンプソンらの話を聞いて実験を行ったウェイの実験を見てみましょう。

この実験はトンプソンらの実験結果をさらに深めるものになりました。ウェイの実験から①アンモニウムだけでなく、カリウム、マグネシウム、ナトリウムでも同じようにカルシウムに置き換わって出てくること、②土壌には肥料分の保持機能がある一方、砂には保持機能がないこと、が分かります。

ウェイはさらに実験を続けます。③このような肥料分の保持機能には粘土に関係していること、④置き換わりが起こるのはアンモニウムなどの塩基性だけで、硝酸などの酸性のものは置き換わりが起きないこと、⑤溶液に出てきたカルシウムの量は投入したアンモニウムなどの量と関係があることなどを明らかにしました。

トンプソンらの実験とウェイの実験は、土壌に肥料が保持できる仕組みを明らかにした大発見と言われています。次の項で、土壌に肥料がどのようにして保持されているかを見ていきましょう。

世紀の大発見をした彼らですが、今では常識となっているイオン交換反応という考え方は当時受け入れられなかったようです。彼らの実績が評価されたのは、彼らの死後だったと言われています。

イオンの交換反応

先生!イオンとか化学のことは難しすぎて解からないので、なるべく簡単にお願いします!

わかば先生
わかば先生

化学は苦手って人多いよね。イオンって聞くと難しくて身構えしちゃいそうだけど、ここでは化合物は陽イオン(+)と陰イオン(-)に分かれて、+と-は引き合う、程度の理解でも十分だよ。ただ、ここではざっくりと説明しているので、正確なところはきちんと化学の復習をしてね!

先ほどのトンプソン・スペンスの実験をイオン交換という観点から見てみましょう。ここでは便宜上肥料投入前、投入後としていますが、実験では土壌に肥料が混和されているので水の投入前、投入後ですよね。

これは肥料投入前の土の中の状況です。土壌の鉱物粒子はその表面が負の荷電状態となっています。負の荷電状態のため、陽イオン(+)であるカルシウムイオンを強く引き付けています。陽イオンは土壌粒子に近い程高濃度であり、離れると濃度が下がります。土壌粒子の荷電の影響を受ける吸着層(拡散二重層とも言います)と、影響を受けない外液に分かれています。

これが肥料投入後の土の中の状況です。肥料として硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)が土壌中に投入されます。水が投入されたことで硫酸アンモニウムは硫酸イオン(SO42-)とアンモニウムイオン(NH4+)に分かれます(電離と言います)。アンモニウムイオンは陽イオンのため土壌粒子の負の荷電に引き寄せられます。アンモニウムイオンの濃度が高まると、やがて土壌粒子に吸着していた陽イオンであるカルシウムイオン(Ca2+)を押し出すようになります。入れ替わるように土壌粒子にはアンモニウムイオンが吸着されます。押し出されたカルシウムイオンは、電離した土壌中に放出された硫酸イオンと結合して、硫酸カルシウム(CaSO4)となります。この硫酸カルシウムは水に溶けづらいため、多量の水があると押し流されるようにして土壌の外へ流出します。

わかば先生
わかば先生

少し難しい内容だったかな?大事なことは細かい用語を覚えることではなく、土壌が肥料を保持する仕組みを何となくでも理解し腹落ちすることだよ。理解できるまで繰り返し読んでみてね。

陽イオン交換容量(CEC)と塩基飽和度

わかば先生
わかば先生

土壌には肥料を保持できる機能があることは理解できたよね。でも、どれだけ肥料を保持できる能力があるかは土壌ごとに異なるんだ。土壌粒子の表面面積や、粘土鉱物の種類によってマイナス荷電の強さが異なるためだよ。今回は陽イオンの保持能力、言い換えれば肥料の保持能力を数値で示した「陽イオン交換容量」について解説するよ。

陽イオン交換容量(CEC)とは

陽イオン交換容量は、土壌が陽イオンを交換・保持する能力を示し、具体的には乾土100gが保持できる交換性陽イオンの総量をミリグラム当量(me)で示したものです。(「当量」とは、元素の原子量を原子価で割った値、・・・ですが、ここではイオンの量を示す単位、程度で理解してOKです)

陽イオン交換容量はCEC(Cation Exchange Capacity)とも言います。土壌診断結果に出てくる用語ですので、これを機に覚えておきましょう。このCECが高い土壌は肥料の保持力が高い土壌と言えます。CECは実験によって値が求められますので、その土壌の特性を客観的に把握することができます。

塩基飽和度

陽イオン交換容量(CEC)を覚えたところで、ついでに塩基飽和度についても学んでいきましょう。この塩基飽和度も土壌診断の診断項目に含まれることが多いです。

塩基飽和度とは、CECに対して交換性陽イオンがどの程度の割合で存在するかを示したものです。

具体的には、塩基飽和度(%)=(交換性陽イオンの負荷電量/陽イオン交換容量)×100で計算できます。

上の図は塩基飽和度のイメージです。

仮に鉱物粒子の負荷電(図のマイナス部分)が12個あったとしましょう。このうち陽イオン(塩基)と結合している部分が7個あったとしましょう。図ではカルシウムイオンが2×2で4個、マグネシウムイオンが2×1で2個、カリウムイオンが1×1で1個、合計で7個です。この場合、7÷12×100=58.3%となります。

ここで分かる通り、塩基飽和度とは、陽イオン交換容量のうち、どれだけ陽イオン(塩基)で満たされているかを示したものです。塩基飽和度が低い土壌は保持している養分量が少ないと言えますが、まだ肥料を投入することで土壌中に肥料分を蓄えることができる状態と言えます。

なお、図中では示していませんが、陽イオンと結合していない負荷電は、水素イオン(H+)と結合しています。この水素イオンは土壌の酸性化に直接影響を与えているものであり、鉱物粒子に水素イオンが多数結合している場合、土壌は酸性を示します。これが塩基飽和度と土壌の酸性程度(pH)と密接に関わりがあると言われるメカニズムです。一般的に、塩基飽和度が低い土壌はpHが低い、つまり酸性土壌であると言われています。

わかば先生
わかば先生

今回は化学のお話で解かりにくかったかな。本サイトでは、なるべく実学として役に立つ内容を取り上げるようにしています。土壌診断と言って、畑の土を化学分析して数値で把握する診断があるんだけど、土壌診断ではCECや塩基飽和度といった内容はよく出てきます。今後、土壌診断について取り上げますが、まずはメカニズムをイメージできれば今回はOKですよ!